大切な家族の死というのは、私たち人間にとって重大な喪失です。
丁寧に弔って、葬儀で同じ思いを持つ者たちが集まってお葬式をすることで、悲しみを共有するのも大切な過程ですよね。
もし、それができなかったら?
その悲しみは、はかり知れません。
ギリシャ悲劇には、戦争の後に自分の兄の埋葬を禁止され、それに命がけで立ち向かった女性が登場します。
アンティゴネ
彼女は一体どうして、そこまでして家族を埋葬して弔うことにこだわったのでしょうか?
そんな彼女の決断に興味ある方は、ぜひ読んでいってくださいね!
アンティゴネとはどんな人?
さて、ギリシャ悲劇の登場人物
アンティゴネ
のご紹介です!
彼女は、王の命令に背いて命がけで兄の埋葬を行った、愛の人として知られています。
そんな、勇敢で愛情あふれる女性、アンティゴネ
彼女のお話に入る前に、一体どんな人だったのかを簡単にご紹介しますね!
アンティゴネは、かの有名な悲劇の
オイディプス王の娘
母はオイディプスの妻・イオカステですが、
実はイオカステはオイディプス王の実の母親!
そう、アンティゴネは母親と息子という両親の元に生まれたのです・・・
ズバッと言っちゃうと、近親相姦でできちゃった子なんですね!
これは当時のギリシャでもあり得ない禁断の結婚ではあるのですが、なぜそうなってしまったかを簡単に言うと・・・
オイディプス王が生まれた時、実の父親であるテバイ市のライオス王は、将来オイディプスに殺されることになるという予言を受けて、
オイディプスの足にピンを刺して、山に捨てさせてしまったんですね。
でも、赤ん坊のオイディプスを捨ててくるように命じられた家来はかわいそうに思って、山で牛飼いに赤ん坊を預けたのです。
そしてその牛飼いは遠くのコリントス市まで連れて行って、子供のいないコリントス王夫妻に預けたのだそうです。
こうしてオイディプスはコリントス王夫妻を実の両親だと思って育ったのですが、
ある時
「父を殺し、母と結婚する」
というおぞましい予言を受けて、
その実現を恐れて故郷のコリントス市を離れました。
そうして、テバイ市にたどり着くと、そこではちょうど、顔は人間、体はライオン、鳥の翼を持つという怪物スピンクスに荒らされていました。
オイディプスは持ち前の賢さで、スピンクスの謎を解いてテバイ市を救い、一躍英雄に!
そして、当時ライオス王は亡くなっていたので、
一人残されていたイオカステ王妃と結婚し、テバイ市の王となったのです!
こうして、お互い親子と知らないまま夫婦となったオイディプスとイオカステ。
二人の間に生まれたのが、
ポリュネイケスとエテオクレスという息子たち
そして、
イスメネとアンティゴネという二人の娘でした!
こういう複雑な事情で、アンティゴネは実の親子である両親から生まれることになったのですね!
しかし、やがてオイディプスとイオカステの本当の関係が暴かれることに・・・
それはテバイ市を襲った疫病と飢饉のため、市民たちがオイディプス王に問題の解決を願ったことが始まりでした。
オイディプス王は、責任感からその問題解決に乗り出し、デルポイの神託を求めます。
すると、先代のライオス王の殺人者を野放しにしているせいだと告げられ、
ライオス王殺しの犯人を探しているうちに・・・
実は自分がライオス王を殺した犯人で
妻のイオカステは自分の実の母親だ
という衝撃の事実を知ることになるのです!
妻のイオカステはこの事実に絶望して自死。
オイディプス王は、これまで真実が何も見えていなかったことを悔やみ
自分で自分の目を潰してしまいました!!
うわー、イッテ〜・・・
自分でそんなことをするなんて信じられないですが、それくらいオイディプス王の絶望は深かったのですね!
そうして、オイディプス王は自らをテバイ市から追放することになり、
その時、娘のアンティゴネも一緒にテバイ市を離れて放浪することになったそうです。
娘のアンティゴネの運命も、ここで大きく動いていくことになったのですね・・・
このオイディプス王のお話は、ソポクレス作の傑作悲劇『オイディプス王』でぜひ読んでみてくださいね!
*オイディプス王について詳しくは、こちらの記事も合わせてどうぞ!
実の兄弟の間に起こった、醜い争いの末の戦争・・・
さて、こうして絶望の淵に陥って、
目が見えなくなった上に放浪の身になったオイディプス王
その父に付き添ってアンティゴネも故郷テバイ市を離れます。
その後父が亡くなった後には、テバイ市に戻ることになるのですが・・・
故郷のテバイ市では、王が居なくなった後、激しい内輪もめが起こっていたのでした。
ポリュネイケスとエテオクレスという息子たち
この兄弟は、一年ごとに交代で国を治めることになります。
しかし、そんなに簡単に行くわけはなかった・・・
一年経ってもエテオクレスはポリュネイケスに王位を譲りませんでした。
ポリュネイケスは祖国に居場所が無くなり、アルゴスに逃れます。
アルゴス王アドラストスの娘と結婚したポリュネイケスは、
自分を追い出した祖国テバイ市に復讐を決意。
アルゴス王の元にテバイ遠征軍を組織し、テバイ市の7つの門それぞれに名将7名を配して包囲します。
これに対してエテオクレスもそれぞれの門に7人の名将を送って迎え撃ちます。
そして最後には・・・
エテオクレスとポリュネイケスは兄弟の相打ちで戦死!
いっぺんに兄弟を二人とも失ってしまって残されたアンティゴネとイスメネは、悲しみにくれるのでした・・・
*このポリュネイケスのテバイ攻めについては、アイスキュロスの『テバイ攻めの7将』で読んでみてくださいね!
アンティゴネの「愛」のための戦い!
こうして戦争で二人の兄弟を失ったアンティゴネ。
エテオクレスも、故郷のテバイ市に攻め込んできたポリュネイケスも、共に同じ親から生まれてきた兄弟です。
悲しみにくれるアンティゴネは、二人の葬儀を行おうとするのですが・・・
しかし、二人の亡き後王位に就いた叔父のクレオンは、
祖国に攻め込んできたポリュネイケスは裏切り者であり、葬儀を行ってはならない
と布告します。
この禁令を破った者は、死刑に処するという、厳しいものでした。
こうしてポリュネイケスの遺体は、埋葬されることもなく野ざらしにされることに。
これに心を痛めたアンティゴネは、妹のイスメネに
二人で兄の埋葬をしよう
と持ちかけるのですが、おとなしい性格のイスメネは怯んでしまいます。
しかし、アンティゴネはイスメネの協力なしに、単独で兄の埋葬を決行。
王の命令に背いて兄の遺体を葬ろうとしたアンティゴネは、すぐに見張りに捕まってしまいます。
自分の命令に背いて捕まった姪っ子の姿を見たクレオン王は、
アンティゴネの行いを責めますが、父の血を継いで誇り高いアンティゴネは、
同じ親から生まれた兄の埋葬を行うのは当然のこと、
「私は憎しみを共にするのではなく、愛を共にするよう生まれついているのです」
(中務哲郎訳)
と言って、一歩も引きません。
怒ったクレオン王は、アンティゴネに死刑を命じて、洞窟に閉じ込めることにします。
すると、これに動揺したのが、アンティゴネの婚約者である、
クレオン王の息子のハイモン
アンティゴネを心から愛するハイモンは、婚約者を許してくれるよう、父親に頼み込みます。
しかし、怒り狂っているクレオン王は、息子の申し出を突っぱねてしまい、あくまでもアンティゴネを極刑に処するとゆずりません。
父親の頑固さに怒ったハイモンは、飛び出して行ってしまいます。
こうしてアンティゴネは、死刑にされるために、洞窟に引いていかれることになるのですが・・・
この後に予言者テイレシアスから不吉な予言を聞かされたクレオン王は、自分の判断に不安になり、
ポリュネイケスの遺体を葬るとアンティゴネの洞窟に向かいました。
しかしそこで見たものは、首をつって亡くなってしまったアンティゴネと、その遺体を抱いて泣き叫んでいる息子ハイモンでした。
ハイモンは父親を見ると、自分の愛する婚約者を死に追い込んだことを責めて、
アンティゴネの遺体を抱いたまま自分の体に刃を突き立てて、自死してしまいました・・・
一瞬で息子と、その婚約者で姪っ子でもあるアンティゴネを失ってしまったクレオン王ですが、
追い討ちをかけるように、王妃エウリュディケも絶望のあまり自殺してしまいます。
こうして、ポリュネイケスの埋葬を禁じたばかりに、クレオン王は大事なもの全てを失ってしまって、ただただ悲しみにくれるのでした・・・
*このアンティゴネのお話は、ソポクレスの悲劇『アンティゴネ』に詳しく描かれていますので、ぜひ一度読んでみてくださいね!
アンティゴネの貫いた「愛」
ということで、
命がけで自分の兄の埋葬を埋葬を行った、愛と信念の女性
アンティゴネ
について、簡単にご紹介しました!
自分の命と引き換えにしても兄の弔いを決行した勇気ある女性ですが、
このアンティゴネの命がけの行動が、訴えかけているものは一体なんだったのでしょう?
自分の親族を大切に葬りたい
そして悲しみを親しい人たちと共有したい
という、全ての人間に共通する、根源的な感情なのかもしれません。
古代から私たち人類は、親しい者たちとの別れを悲しみ、
その別れの儀式である葬儀を丁寧にすることで、苦しみを和らげてきたのかもしれませんね。
それが最後に自分たちの愛情を死者に捧げて弔う行為で、アンティゴネはその愛情を捧げることに命をかけた人でした。
ギリシャ悲劇の時代から時は移り変わり、現代となっても、
家族などの親しい人たちとの別れは人間にとって最も苦しみをもたらすことの一つです。
そして生きている上で避けられないことの一つでもあります。
私たち人類全員が、愛する者との別れを経験しなければならないわけですが、
そんな時に、弔いに命をかけたアンティゴネについて思い出していただければと思います。