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[アカデミー賞2017]「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」ギリシャとの意外なつながり

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こんにちは、イレーネです。

いよいよ本年度の第89回米アカデミー賞の発表ですね!

本年度の主演女優賞にナタリー・ポートマンがノミネートされている映画

「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」

暗殺されてしまった悲劇の大統領

J.F.ケネディ夫人のジャクリーン・ケネディが主人公です。

「ジャッキー」という愛称で親しまれたジャクリーン夫人、

実はギリシャと深い関わりがあったということはご存知ですか??

skeeze / Pixabay

2017年アカデミー賞ノミネートの注目作

第89回米アカデミー賞で、

主人公の「ジャッキー」を演じたナタリー・ポートマンが、主演女優賞にノミネートされている

「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」

この映画は、

アメリカ大統領 J.F.ケネディ夫人

愛称「ジャッキー」として国民に愛された

ジャクリーン・ケネディ

が、主人公です。

出生名ジャクリーン・リー・ブーヴィエは、

1929年 ニューヨーク州 に

父ジョン・ヴェルヌー・ブーヴィエ3世と母ジャネット・リー・ブーヴィエとの間に生まれました。

裕福な恵まれた家庭でしたが、

1940年、ジャッキーが11歳の時に夫妻は離婚。

母は、裕福な実業家のヒュー・ダドリー・オーチンクロスと再婚し、子供ももうけています。

17歳でジャッキーは社交界にもデビュー。

当時から才色兼備の美女として注目を集めていたそうです。

彼女を一躍有名にしたのが、

1953年、当時の上院議員ジョン・F・ケネディとの結婚。

この時、ケネディ議員は36歳、ジャッキーは24歳。

そしてジャッキーが世界的にその名を馳せたのは、

1960年、J.F.ケネディが第35代アメリカ合衆国大統領に選出された時。

翌年に就任式を行い、ジャッキーは31歳の若さでファースト・レディーとなったのです。

しかし、ジャッキーのホワイトハウスでの生活はあまりにも早く終わりを告げます。

1963年、ダラス市内を車でパレード中に、ケネディ大統領は2発の銃弾を受け死亡。

ジャッキーは34歳で未亡人となってしまいました。

今回公開される

「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」

では、このJ.F.K.暗殺からの4日間のジャッキーのドラマを描いているものだそうです。

公式サイトの説明によると、ジャッキーがケネディ大統領の国葬の際に果たした役割に焦点を当てているようです。

“史上最も有名なファーストレディ”“世界で最も愛されたファッションアイコン”として熱狂的な人気を獲得していた、アメリカのジョン・F・ケネディ大統領夫人、ジャッキーことジャクリーン・ケネディ。
だが、暗殺という悲劇的な最期を迎えたケネディ大統領の葬儀の映像が世界中に流された時、人々は初めて見るジャッキーの姿に驚いた。「ただケネディの隣にいる人」と思われていた彼女が、毅然としたストイックなまでのたたずまいで、二人の幼い子供たちを励ましながら、荘厳な国葬を取り仕切ったのだ。

なぜ彼女は、夫の突然の死で人生が一変したわずか3日後に、今も語り継がれる偉業を成し遂げることができたのか?
そんな疑問から、ジャッキーがケネディと結婚してからの10年間を徹底的にリサーチし、知られざるジャッキーの真実に迫る感動作が完成した。自らの知性と才覚、そして深い愛で“ケネディ大統領”を創り上げてきた“名プロデューサー”の姿が今、明かされる。

確かに、たった一瞬で夫を失い、絶望の淵に沈み、

そのあとわずかの時間で世界の注目の中でその国葬を取り仕切るとは、並みの女性にはできないことですよね。

この映画、「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」の公開は、

3月31日から公開です!

ギリシャの大富豪オナシスと再婚

さて、今回の映画のストーリーは、

ジャッキーの人生のここまでを描いているようですが、

実はジャッキーの波乱の人生はこのあとも続いているのです。

J.F.K. 暗殺から5年後の 1968年

ジャッキーは、ギリシャの海運王と言われた

アリストテレス・オナシスと、電撃結婚して世間を驚かせることになります。

アリストテレス・オナシスは、1906年スミルナ生まれのギリシャ人。

しかし、生まれ故郷のスミルナは、1922年トルコのケマル・アタテュルクの支配下に入り、

オナシスは故郷を追われて難民としてギリシャ本土へ渡ります。

こうして苦労をした少年期でしたが、海運業に進出するとその天性の才能を発揮してみるまに財を築き、

「海運王」として名をはせることになります。

成功とともに私生活も派手になり、一番有名なのは

「20世紀最高のソプラノ」と称えられたマリア・カラスと長年、愛人関係となったことです。

しかし、カラスとの9年間の愛人生活でも結婚することはせず、

1968年にジャッキーと結婚して世間をアッと言わせました。

しかし、この時、オナシスは62歳にもなっていて、ジャッキーは39歳。

どうも「政略結婚」のような、愛情に結ばれた結婚ではなかったみたいです。

オナシスは結婚した後も、マリア・カラスとの愛人関係を続けたというし、

ジャッキーはあまりオナシスと一緒に過ごすことはなかったようです。

じゃあ、一体何でジャッキーはそんなに年の離れたギリシャの大富豪と結婚したのでしょうか?

これは本人に聞いてみないともうわかりませんが、

暗殺の続くケネディ家から、早く離れて子供を守りたかったのかな?と言う気もします。

大富豪のオナシスなら、彼女の警護も十分できるし、子供達の将来も安泰ですからね。

7年後の1975年にはオナシスと死別していますが、

ジャッキーが本当に自由になれたのはその後になってからなのかもしれませんね。

再び未亡人となったジャッキーは、ニューヨークで編集の仕事もしていたということで、

キャリアを持つ女性として人生を謳歌できたのかな?と思います。

そして1994年には、64歳の若さで病没しています。

オナシスとの再婚に苦しんだマリア・カラス

そんなわけで、

J.F.ケネディ大統領夫人のジャクリーン・ケネディは、

ギリシャの大富豪、アリストテレス・オナシスと再婚し世間をアッと言わせましたが、

その陰で苦しい思いをしていたと言われるのが、

長年の愛人だったマリア・カラスです。

「20世紀最高のソプラノ」として、世界から称えられたカラスですが、

最愛の人オナシスを奪われて、寂しい晩年を過ごしたみたいです。

美貌の歌姫マリア・カラスが、生涯一番愛した人がオナシスと言われていて、

結婚したかったのにできなくて、ジャッキーと結婚してしまった、というのは、かわいそうな気もします。

マリア・カラスの伝記映画では、その辛さが丁寧に描かれていて、見ていて苦しいくらい。

しかも、オナシスと結婚したジャッキーも、別にそれで幸せだったかと言われると微妙なので、それもまた皮肉・・・

もしカラスの生涯に興味があったら、ぜひ、こちらの映画も見てみてくださいね!

そして、悲運の歌姫マリア・カラスの歌声も、やはり永遠です!

この美声は、オナシスとの愛の苦しみからも生み出されていたのかもしれません!

ジャッキーとギリシャの海運王、そして歌姫の不思議な運命・・・

ということで本日は、

映画「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」

アカデミー賞にノミネートされていますが、

この主人公ジャクリーン・ケネディと、

ギリシャの海運王アリストテレス・オナシス、

そしてギリシャが生んだ「20世紀最高の歌姫」の不思議な運命について、ご紹介しました!

この映画は、J.F.K. 暗殺と、その後の国葬までのようですが、

その後のジャクリーンの波乱万丈な人生についても、

ぜひ見た後に思い出してくださいね〜!

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