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ギリシャにまつわるマンガ

マンガ『レベティコ-雑草の歌』強烈な絵の世界に圧倒される・・・

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クラウドファンディングによってついに日本の読者に届けられた

フランスのマンガ

『レベティコ-雑草の歌』

ギリシャ音楽「レベティコ」のミュージシャンたちのやるせない1日を描いたこの作品。

その強烈な絵の世界に身体感覚まで軽く狂わされて、気がつけばレベテースたちの姿をひたすら見続けて時間が吹っ飛び・・・

この絵のパワー、「とんでもない作品」としか、言いようがない。

その圧倒的な世界を、ご紹介します!

バンド・デシネの傑作『レベティコ』ついに日本に登場!

さて、本日ご紹介するこのマンガ

ダヴィッド・プリュドム作

『レベティコ-雑草の歌』

1936年のギリシャが舞台のこの異色の物語は、少し変わった経緯で私の手元にやってきました。

このマンガはフランスで出版された、いわゆる「バンド・デシネ」と呼ばれる作品の一つ。

2009年に出版されると本国フランスをはじめ、ヨーロッパ諸国でも翻訳版が相次ぎ、「傑作」として高い評価を得ています。ですが、フランスのマンガが一般的に浸透していない日本では、これまで紹介される機会がありませんでした。

しかしこのマンガの世界に惚れ込んだ翻訳者の原正人さんは、数々の出版社に断られた挙句、自力でクラウドファンディングによって出版することを決意。

見事、資金調達に成功し、ついに日本語版が登場することになったのです。

そうして、クラファンに協力させていただいた私のところにも、このマンガがやってくることになった、というわけです。

こういう経緯で手に入れたマンガというのも、実は初めて。ひときわ愛着がわく感じがしますね。

バンド・デシネの特徴

ここで少し、フランスで出版される、いわゆる「バンド・デシネ」と呼ばれるマンガについてもご紹介しておきます。

こういった「バンド・デシネ」は、日本で出版されているマンガとは少し違います。

まず日本のマンガは、右から読んでいくじゃないですか。

それがこのフランス版の「バンド・デシネ」は、

左から読む

というわけです。

私も最初はついつい右に先に目がいってしまって、慣れるまで苦労しました。

日本のマンガは縦書きの日本語の本の作り方に合わせてたんですね・・・言われてみれば当たり前なんですけど、気がつかなかった!

そして、感動の

全ページフルカラー

なかなか日本のマンガでは、全ページがフルカラーってお目にかかれないですよね・・・

当然作家さんにはすごく手間のかかる作品だと思うのですが、一コマ一コマ、手抜かりなく美しくカラー仕上げされていて、感動もひとしおです。

そして、このマンガは紙の書籍版と電子書籍版を選ぶことができて、最近マンガは電子書籍で買うことにしていた自分は電子書籍版を選んでいたのですが・・・

日本のマンガと違ってサイズが大判

なんです・・・これは失敗した・・・仕様をよく見ておけばよかった・・・紙の書籍版だとA4変形判。

自分のiPadの10.5インチ画面で読むと、一回り小さくなる!

それでもこの作品にはすごい絵が続々と出てくるので、気に入った絵は一個一個iPadの画面いっぱいに拡大させて必死に眺めてます。

う〜ん、紙の書籍版で買えばよかった。今、追加で書籍版の購入を真剣に考えています。

でも電子書籍では大きく拡大できるのも魅力の一つ。

どちらで手に入れるか、そこは自宅の本棚のサイズなども考えて検討してみる価値はありそうです。

『レベティコ-雑草の歌』のストーリー

それでは、このマンガ

『レベティコ-雑草の歌』

この作品に描かれているストーリーについて、簡単にご紹介します。

時は1936年。

メタクサス将軍の軍事政権の時代のギリシャが舞台。

とある一日の物語。

その日、ギリシャ音楽「レベティコ」のミュージシャン、マルコスが刑務所から出所してくる。

マルコスの音楽仲間のスタヴロス、バティス、アルテミスは、出所を出迎えに刑務所の前に集まるが、たちまち憲兵たちに追い立てられる。

実はこの時代、マルコスたち「レベティコ」の音楽家たちは、社会の不穏分子として政権に睨まれていたのだ。

彼らはギリシャのオスマン=トルコからの独立戦争に巻き込まれて、トルコ側のギリシャ人居住地域から追い出されて祖先の故国ギリシャに渡ってきた人たち。当時なんと100万人規模のギリシャ系住民が、難民となった。

でも故国ギリシャは、難民となった彼らを「トルコ人」と呼んで冷たかった。

社会の底辺で貧しさにあえぐこととなり、そんな彼らの日頃の辛さ、悲しさを晴らしていたのが、日々の生活の哀切を歌う「レベティコ」の音楽だったのである。

しかしこの1936年、メタクサス将軍が政権につくと、彼らが奏でるトルコ起源の音楽「レベティコ」は「東洋的」だとして、弾圧の対象になってしまった。

「当代一の音楽家」マルコスは、政権から最も忌み嫌われる存在として追い立てられる身となってしまったのだ。

かくして、出所したマルコスと、その音楽仲間たちは今日も、憲兵たちに追いかけられながら、裏町のうらぶれたハシシ窟で「レベティコ」の音楽を奏でる。

でも、「天才」「偉大なるレベテース」マルコスたちの才能に、目をつけてくるレコード会社だってある。

マルコスほどの腕があれば、ちょっと歌詞の描写を丸く収めて甘いラブソングでも歌っていれば、いくらでもレコードが売れる。

しかし「レベティコ」の真髄である、底辺の暮らしからくる社会批判、反逆精神、そしてライブ演奏の一体感をマルコスはどうしても諦めることはできない。

そんな骨抜きになった音楽は「レベティコ」じゃない、と受け入れられない。

ばかな、マルコス。そんなものちょっと適当に妥協して、うまく商業主義に乗っかれば、いくらでも金持ちになれるものを・・・

でも自分の信じる本物の「レベティコ」のために、この夜も憲兵たちに追いかけ回されながら、楽器を抱えたマルコスたちは当てもなくさまよっていく・・・

『レベティコ-雑草の歌』の凄み

さて、そんな「レベティコ」のミュージシャンたちの1日に焦点を当てたバンド・デシネ

『レベティコ-雑草の歌』

私は正直、読む前には「レベティコ」も「バンド・デシネ」もよく知らず、ただギリシャが舞台のマンガを読んでみたくてクラファンに協力していた部分もあって、期待値としてはどのくらいを設定していいのかよくわかっていませんでした。

そして出来上がった作品が手元にくる前には、「ジャケットがカッコいい」の一言。

それが実際に読み始めてみると1ページ、1コマ目から、その強烈な絵のパワーにドカンと脳髄に衝撃が走って、画面から目をそらすことができなくなってしまって。

「1936年10月 アテネ」の1コマ目から、鬼のようにかっこいい世界が展開!

光と陰の陰影、一瞬の動きを切り取る正確無比なデッサン、奥行きを持って広がる空間、たゆたう煙・・・

うわ、これ、どうやって描いてるの?!

一コマ一コマ隅々までその絵の世界を眺めて、どこでどうやるとこの立体感が出るのか、さりげない動きの一つ一つ、陰の一つ一つにもとにかく全てに目を奪われて、眺めているとあっという間に時間が消失・・・

困った・・・

読み進まない・・・

下手したら1時間で数ページ。

最悪だと「これすごい!」っていうコマのところで、拡大してみたりiPadの向きを変えたりあれこれいじくり回して眺めて、時間がどんどん吹っ飛んでいってしまう。

結局、初回で読み終わるのにえらい長い時間がかかって。

そしてまた、今度はストーリーを追って読み直し、さらにまた気になった絵のところで行きつ戻りつ。

読み終わると、集中しすぎて、ぐったり。

もう、バカみたい。

こんなマンガ体験、今までしたことなかったなあ・・・

とにかく、徹頭徹尾、やられっ放しになってしまったのです。

これほどの凄いマンガ体験、うまく口では説明しにくいけど・・・

以下、とにかく凄い!と思ったポイントにまとめて解説してみます

ギリシャの光と影

まずとにかく、最初のページから引きつけられて圧倒されるのが、

光と影の描写

これほどに陰影を見事に使い切る作家さん、見たことがないかも。

薄暗い部屋の中、ほんのりと壁に映る影。

外に出れば、強烈なギリシャの太陽の光で強く、濃く伸びる影。

木漏れ日の下のまだら模様の影。

日向と日陰の光の量の落差。

強烈な光の昼間のコマから薄暗い室内のコマに映ると、こちらの目も見えなくなってしまうような錯覚が起きてしまう。

この光と影をみると、ああギリシャの強い太陽の光ってこうだったっけ・・・と生々しく思い出す。

さらには、夜にぼんやりと浮かぶ明かりと、トーチライトに照らされる強烈な明かり。

夜の闇の中で、長く伸びていく影。

とにかくこの光と影の描写があまりにも見事で、いくらでも見ていられる。

薄暗い床屋の室内に伸びていくガラス戸の影なんて、もう、見事の一言。

これは光と影のマンガなんですね。

確かに「レベティコ」のミュージシャンたちも、当時のギリシャ社会の影、だったのか。

では、社会の光は、なんだったんだろう?

立体・3D?!

そしてこのマンガの凄いのは、

一コマ一コマの空間の奥行き

とにかく遠近法が一片の狂いもなく、街の風景、部屋の奥行きを立体的に浮かび上がらせているのです。

奥にあるものと手前にあるもの位置が正確に描きわけられているから、人間の目というのは不思議なもので、目で見て位置関係が正確につかめると、自動的に脳の中で立体の3Dに処理してくれるみたい。

平面の絵なのに、ぐいっと奥行きを持った空間として認識できる。

すると不思議なことに、登場人物がすぐ目の前にいるような感覚に襲われる。

自分がその絵の中に入り込んだような錯覚を起こしてしまうんです。

自分が彼らとどのくらいの距離のところにいるかを絵の中で判断・処理しているので、その絵の中で自分がどれくらいの位置にいるのかわかってしまう。

ちょっとした3D体験!

そうなるともう、私の中で彼らとの距離はグーンと縮まって、自分もハシシ窟を体験しているような不思議な気持ちになってしまいます。

部屋の中にたゆたう煙にむせかるような感覚さえ覚える。正直、行ったこともないのにね・・・

動きと音を封じ込める

そしてこれも見事なのは、

人体の動きの正確な描写!

正確無比に人体の一瞬の動きを切り取って、画面に封じ込めている!

これって、正直、ただの素人だけじゃなく、プロがこれを描こうとしても難しいんですよね、どこかでバランスが崩れたり、体重の乗り方が変だったり。解剖学的に、どっかの骨がすごく長くなってない?みたいなズレを起こしがちですが・・・

この作品は、これまでのところ、画面の隅から隅まで眺め倒しましたが、もう、ほぼ、完璧!

全部のコマをモデルにポーズさせてデッサンしたの?ってくらい。

でも走ってる時とか、踊ってる時、楽器を演奏している時の一瞬の動きのポーズはモデルさんを置くのは無理だから、う〜ん、どうやって描いてる?写真見てとか?でもそれにしても、相当の画力がないと、これは無理。

とにかく、めちゃくちゃに基本の画力が、高い。

アゴを上げたり、斜めを向いたり、果てはドローンみたいに上空から見た構図など、どの角度から切り取った絵でも、ズレがない!ビシっと決まってる!ブラボー!

圧巻は、ぽっちゃり小太りのおじさん・ヴァティスのダンス!

ぽってりお腹が出ちゃってるけど、足元の動き、体重の移動、腕の振り、全てのダンスの動きが滑らかに描かれているから、静止画の連続なのに、ちゃんと踊ってる!ように見える!

一連の動作が画面に封じ込められているんです!

これもデッサンに一縷の狂いもないからできること。

凄いよ、作者のプリュドムさん!

これってフランスのバンド・デシネの特徴なのかもしれないけど、日本のマンガみたいに、絵の中に効果音を入れたり、動きを描写する線を書き込んだりしてないんですね。

日本のマンガだと「タタン」「ダーン!」とか「バーン!」とか音をかいて、絵の周りにシュシュっと線を入れて動いてますよ、って知らせたりするじゃないですか。

でもこの作品の中には、そういうのが一切ない。

一切ないのに、動いている動作が見えるし、ダンスのステップの音も聞こえてくる感覚に陥る不思議。

それが一番よくわかるのは、この本のかっこいいジャケット!

これ、本編の中で、スタヴロスが額でガラスのコップを割っているシーンです。

「ガシャーン」とか「バーン」とか一切書いてなくても、この手の動きと、表情、飛び散るガラスの描写で、スタヴロスが今「ガシャーン!」とガラスを割った、一連の動きと、音と、ついでに言えば額に走った強烈な痛みまで、伝わってくるみたい。

だから、コマの中に、動きと、音とが同時に存在している。

ただの平面の絵なのに。でも、勝手に脳がそう処理してくれるんです。

だから、

コマの中に時空間が存在してる

と言っても過言ではない。

大げさ?

でも例えば、大きめのビーズでできてて下をくぐるとジャランジャラーンって鳴るのれんってあるじゃないですか。

あれがハシシ窟にあって、のれんのビーズが人の形に揺れているコマがあったりする。

そうすると、その下を人が通過したことが分かりますよね。

ついでに言えば、今のれんが「ジャラジャラ」って音を立ててる、ってことも。

だからその一コマだけで、人がその下を通過していって、のれんが揺れる、音が鳴る、その経過の時間が存在していることになります。

もう〜、2Dの静止画なのに、絵の表現だけでそんなことができるんだ!

ホント、衝撃ですよ。

本編のほぼ全てのコマに、これほどの臨場感がつまってる。

読んでいるこちらは、否が応でも、マルコスたちと一緒に場末の夜を引っ張り回されることになるんです。

読み終わってみれば、ふう〜、たった一日付き合っただけなのに、疲れた・・・と、ぐったり。

彼らは毎日、こんなふうに裏町をさまよってるのか・・・

たった一日の物語

そしてこの作品の驚くべきところは、

このマンガで描かれるのは、マルコスたち「レベティコ」ミュージシャンの

たった1日の物語

100ページを超える全てが、スタブロスがベッドから起きて、そして翌日の朝再びベッドに戻るまでのお話です。

過去のエピソードの挿話とか、一切無しで、淡々と彼らの一日の出来事を時間通りに追っていく。

でも彼らの1日は盛りだくさんで、一瞬も飽きる暇もありません。

そして作品に登場するメインのミュージシャンたちには、それぞれ実在のモデルがいるのですが、

実際に彼らがこんな1日を送っていたかというと、そこはもちろん、作者の考えたフィクションです。

でも、一人一人の性格から、いかにも言いそうなことまで、キャラクターがきちんと作り込まれている。

マルコスは頑固で偏屈だけど、頼れるリーダー。

スタヴロスは暴力的で気が荒い、でも仲間思い。

バティスはお気楽で陽気なおじさん。

アルテミスは飄々としてとぼけてるけど、実は女性に弱い。

そんな個性的な四人の「ピレウスのカルテット」が、楽器を抱えてアテネの裏町をさまよっていく。

そこに仲間からはちょっと外れた1番の俗物「犬っころ」、美人歌手で肝の据わったベバも加わって、

まるで彼らの1日にぴったり密着したドキュメントを見ているかのよう。

全てが「本当にこんな人たちが、こんな1日を過ごしたのかもしれない」と思わせられるほど、リアルに感じられるのです。

フィクションなんだけど、フィクションに思えない。

きっと本物のマルコスたちも、こんなふうに過ごしてたんだろうな、って、読み終わったは今では、ほぼ確信に近くなってる。

いや、本当のところは、フィクションなんだって分かってはいるけれど・・・

行き場のないレベテースのさまよう先は・・・

そんなマルコスたち「レベティコ」のミュージシャンたちの、うらぶれたどうしようもない日常を、圧倒的な画力で生々しく描いたマンガ

『レベティコ-雑草の歌』

最後に読み終わった感想をまとめておきたいと思うのですが、これ以上書くと本編のネタバレがどんどん出てしまうので、まだ本編を読んでなくて、新鮮な状態で読みたい方は、以下は読まないでね。

もう読み終わった方は、多分共感していただける部分もあるかと思いますので、ここまででもうすでに記事もだいぶ長くなってきてしまいましたが、よかったら以下、お付き合いください。

********

さて、こんなマルコスたちの、憲兵に追われながら楽器を抱えて場末をさまよう一日に付き合って・・・

彼らの置かれている状況としては、とても追い詰められていて、かわいそうなくらい。

だけど、彼らは一つもへこたれてなんていない、たくましく生きている!

金はなくとも、明るく、冗談を言って、女性たちには弱い。

憲兵たちには反撃し、ハシシと酒に酔い、盗み、暴れ、街をさまよう本物の「マンゲス」(やくざ者)。

でも、そんな姿を見ていると、なんだか悲しくなってきてしまう。

彼らは「レベティコ」の最も重要なミュージシャンたちで、ギリシャの大衆音楽の潮流を変えた人たち。

それほどの優れた音楽家たちなのに、弾圧され、憲兵に追われ、活躍する場を奪われていっている。

ギリシャでは古代から、音楽の才能は神様から与えられたものだった。

優れた詩人・音楽家は、文芸の女神ムウサたちに霊感を与えられて、この世のものとは思えない旋律を紡ぎ出す。

伝説の歌人オルフェウスが竪琴を弾いて歌えば、人間だけじゃなくて動物も植物もうっとりと聞き惚れたという。

それなのに、この時代で最も優れた音楽家たちが、犬のように憲兵に追いたてられて逃げていく・・・

神様に有り余るほどの音楽の才能を与えられているのに、その音楽を自由に演奏する場所もない。

天性の才能がある音楽家たちに、これほどひどい話はない。

それほどの才能をうまく発揮できない時代に誕生させるなんて、神様ってやっぱり残酷だ。

でも同時に気付かされるのは、そんな神様からの贈り物の才能を、勝手に拒絶して、追い払ってしまうのは、人間だ。

素晴らしい贈り物があるのに、ありがたく受け取ることもせず、放り出してしまうのは人間の愚かさなのだ。

こうして、行き場をなくした天性の音楽家たちは、裏町をさまよい続ける。

そんなマルコスたちが憲兵に追われて行き着いた先で、船で海に漕ぎ出すシーンは、この物語のハイライト。

青黒い水の中を、マルコスたちの小舟が進んでいく絵は、まさに圧巻!

それまでの喧騒と打って変わって、静まり返った水が音楽家たちを取り囲む。

船というのは、ギリシャの文化では象徴的な存在だ。

ギリシャ神話では、人は死ぬと、カロンの渡し舟に乗ってあの世へ行く。

英雄オデュッセウスは船で遭難し、この世とあの世の狭間のような海で、10年間もさまよい続ける。

そしてこの場面では、行き場をなくした音楽家たちが、船に乗り込んで漕ぎ出していく。

彼らは演奏する場を奪われて、政権によって生きながら葬り去られようとしている。

そんな彼らがこの世とあの世の狭間の船の上で演奏する音楽は、間違いなく極上のものなはず!

でもその音楽は、この世の人間たちの耳には届かないのだ。

「犬っころ」は、そんな船の上から落っこちた。

そしてこの世にうまく迎合し、どうやらいくばくかのお金と活躍の場をつかみ取ったらしい。

でも、「レベテース」の精神を売り渡して、仲間たちとはぐれたその後ろ姿はなんだか寂しそう・・・

そしてあの船に乗り続けたマルコスたちは、その後もずっと追われ続けて、

一体どこに行ったんだろう・・・?

『レベティコ-雑草の歌』ぜひ読んで!

ということで本日は、

ギリシャが舞台のマンガ

『レベティコ-雑草の歌』

をご紹介しました!

日本ではまだまだ馴染みのないフランスのマンガ「バンド・デシネ」の世界に触れて、

そのあまりの衝撃に、かなり戸惑っています。

とにかく「圧巻」のこの世界をうまく言い表す言葉が見つからなくて。

それを確かめるためには、とにかく一度読んでいただくのが一番!

今は出版元の「サウザンコミックス」のウェブサイトから買えるようです。

http://thousandsofbooks.jp/project/rebetiko/

そして今見たら、Amazon のページからも注文できるみたい。

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私もやっぱり紙の書籍版も欲しいので、また買おうかな。

このジャケットの本を部屋に飾っておくだけでも、部屋のレベルがちょっと上がる感じ。

これまでマンガといえば日本のものしか読んだことがなかったんだけど、

これからは海外コミックスの世界にも目を向けてみようか。

そんな気にさせられるほど、この読書体験は私の視野をグーンと広げてくれたのでした。

最後に、苦労の末このマンガの出版を実現してくださった「サウザンブックス」のスタッフの皆様に御礼申し上げます。

この本を読めて良かったです。とんでもない本を出してくれてありがとうございました!

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