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ギリシャ人が兵馬俑に関わっていた?知られざる交流の歴史?!

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面白い歴史のニュースが報道されていますよ〜

誰もが知ってる、中国の「秦の始皇帝の兵馬俑」

この製作に、実はギリシャ人が関わっていたんじゃないか、という新説が出てきています!

でもこれ、年代的には十分、ありえる話!

これから、教科書の記述が変わっちゃうかも?!

gln / Pixabay

あの兵馬俑が、ギリシャ人の手になる?!

これは、本当だったら、驚きの歴史の新事実ですよ!

でも確かに、時代的には十分、その可能性はあるんですよね〜

中国に突然現れた、超リアリズムの彫刻群。

その技術の出所は古代ギリシャだったかもしれない?!

紀元前の中国にギリシャ人陶工? 兵馬俑の調査で新たな見解

考古学者たちによると、等身大の兵馬俑の陶製像が古代ギリシャから発想得ていた可能性がある。紀元前3世紀の中国で、ギリシャの職人が地元の労働者を指導していたかもしれないという。

・・・・・

しかし、陵墓が築かれる前に実物大の陶製像を作る習慣はなかった。より古い時代の発掘品には、高さ20センチ程度の単純な形の像しかない。
技術や形態の大々的な変化は、どうやって可能になったのか。その理由を解明しようとするなかで、李研究員は中国の外から影響があったという考えに行き着いた。

・・・・・・

ウィーン大学のルーカス・ニッケル教授は、始皇帝陵墓で最近見つかった曲芸師の像が、古代ギリシャからの影響説を支持していると話す。

始皇帝は、アレクサンドロス大王の遠征によって中央アジアにもたらされたギリシャの彫像の影響を受けたとニッケル教授は考えている。アレクサンドロス大王は紀元前323年に没し、その約60年後に始皇帝は生まれている。

ニッケル教授は、「ギリシャの彫刻師が(兵馬俑を制作する)現場にいて地元の人を訓練していたのかもしれない」と話す。

そうかそうか!!

確かに、兵馬俑は、それまで中国では無かったような、精巧な彫刻群。

しかも、兵士たち一人一人の顔が違うという凝りようです。

Jack78 / Pixabay

これだけのものを、しかも大量に生産するには、高い彫刻技術がなければ作ることはできません。

その技術がそれまで中国に無かったのなら、どこかから持ち込まれた以外は考えられない!

アレキサンダー大王の東征で技術が伝わった可能性は十分!

この記事によると、ニッケル教授は、アレキサンダー大王の東征によって、

ギリシャ彫刻の技術が東方に持ち込まれた、と見ているようですが、

う〜ん、その可能性は十分ある!!

なんといっても、アレキサンダー大王の東征は、ただ戦いに行っただけじゃなくて、

各地で「アレキサンドリア」というギリシャ風の都市を作り、

ギリシャの文化をそれまでには無かった規模で広範な地域に拡大させたものだったのです。

みなさんご存知のように、インドまで行ったんですからね!

こうやって改めて地図で見ると、本当に広大な地域です。

これだけの地域に、「ギリシャ風」=ヘレニズムの文化が広がっていったわけですよね。

ここから中国までは、陸伝いで後一歩。

アレクサンダー大王一代でここまでたどり着けたんですから、その後の時代にさらに拡大するのもさほど時間はかかりません。

アレクサンダー大王が亡くなったのが紀元前323年。

秦の始皇帝が生まれたのが紀元前259年。

時代的には、この秦の始皇帝の統治時代に、ギリシャ彫刻の技術が持ち込まれてきたと考えても、全くおかしくない!

そしてこの始皇帝の時代に、突然中国の彫刻のレベルが上がって、兵馬俑が出現した、というんですから、

確かにギリシャ彫刻の技術の影響と考えた方が自然なんですよね・・・

言われてみると確かにその可能性はあるかも・・・

しかし、この説は中国にとっては都合が悪いものでしょうね。

なんといっても、中国が誇る世界遺産ですし!

この「兵馬俑」を作った技術が中国固有のものだ、とするならば、

技術が少しずつ進歩してきた過程を示す彫刻が、中国に残っていれば問題ないんですけど、

この場合は、その過程が抜けてて、いきなり「兵馬俑」のようなものすごい技術が登場している。

・・・からやっぱり、外来の技術が導入された、と考える方が自然なのです。

ギリシャは兵馬俑よりはるかに以前から、さらに大型で写実的な彫刻を作る技術を持っていましたから。

言われてみると確かに、兵馬俑のリアルな人物像も、ギリシャ風に見えるような気も・・・

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この馬の彫刻とかね。ギリシャ彫刻も馬が得意だし。

かの有名なパルテノン神殿の彫刻(エルギン・マーブル)の馬も見事です!

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By: 3dnatureguy

プラクシテレス作と言われる「幼いディオニューソスを抱くヘルメス」

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       By:Roccuz

これも、本当にプラクシテレスなら、紀元前4世紀か・・・

その時代にこれだけのものが作られていたんですからね。

この技術が伝えられれば、それまで彫刻技術の未熟だった中国でも、突然技術がガ〜ンと上がることは十分考えられます!

歴史のロマンにワクワク!

ということで、

中国の「兵馬俑」には、ギリシャ彫刻の技術が関連しているのではないか?

という新説のご紹介でした!

これ、本当だったらと思うと、ワクワクしますね!

悠久の歴史を感じさせるニュース!

今後の研究の成果が待たれますね!

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