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映画「トテチータ・チキチータ」に見るギリシャと奄美の「嘘つき巫女」

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本日は映画についてお話しします。

2012年に公開された、古勝敦監督作品

「トテチータ・チキチータ」

トテチータ・チキチータ [DVD]

この作品は、

東日本大震災後の福島で撮影されました。

でも、震災そのものがテーマではなくて、

見ているうちに、古勝敦監督のご出身である奄美大島と、

そしてなぜかギリシャとのつながりも感じられるような作品でした。

なぜ、そこまで受け皿が広いのか?

今日はその関連をまとめてみたいと思います。

映画のあらすじ

この映画は分かりやすく言うと、

止むなく家族と引き裂かれた人たちが、

もう一度、「家族」を取り戻す物語です。

なぜ「家族」とカッコつきかというと、

映画の中で彼らが出会う「家族」は、

第二次世界大戦で引き裂かれた、前世の「家族」だから。

この家族のただ一人の生き残りで、すでに高齢の百合子( 松原智恵子)は、

震災後の福島でたった一人暮らしながら、

戦争で失った家族の帰りを待つ日々を過ごしていました。

そこへ、

どうやら人の前世が見えるという、

巫女的な能力を持つ少女・凛 (樹理菜)が現れ、

自分が前世の百合子のお母さんで、

事業に失敗した中年男・一徳 (豊原功補)がお兄ちゃん

そして、住んでいた地域が帰還困難地域に指定され、

やむなく避難先の高校に通っている健人(葉山奨之)がお父さん、

と告げます。

初めは、凛と、その言葉を信じる百合子に戸惑う一徳と健人でしたが、

本当の家族と引き離された寂しさを抱えている同志、

この奇妙な家族にどうしようもない温かさも見つけます。

こうして、戦争で引き裂かれた家族は

震災後の福島で、再び、一つになるのです。

・・・というお話し。

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あの世とこの世を結ぶ、巫女: 奄美とギリシャ

この映画でキーになるのは、

会った人の前世がわかり、どうやら亡くなった人の魂も見える、という

霊感少女(?)凛ちゃんです。

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このように、言わば

「あの世とこの世の中間にいる」状態の凛ちゃんは、

神様に仕える巫女的存在といえるでしょう。

正確に言えば、

監督の出身地・奄美大島で今も活動する

ユタ

に近いのです。(*wikipedia ユタ

そして、面白いことに、

このように目には見えない世界を見る人々は、古代ギリシャでもいた、

と考えられています。

有名なのは、ギリシャ神話で語られる

テーバイ市の予言者・テイレシアース

盲目の予言者で、目は見えないけれども、真実を見る力を持っていると、

尊敬され、また恐れられてもいました。

かの有名な「オイディプース王」では、

オイディプース本人も気がついていない真実を次々と言い当て、

逆に王の怒りを買ってしまいます。

しかし、一度も予言を誤ったことのない、と言われたテイレシアースが

正しいことを告げていたのを、王は次第に見出していくことになるのです。

その他、予言者カルカース、

そして悲劇の王女カッサンドラーなど、

ギリシャ神話の中には、

「普通の人には目に見えない世界を見る人たち」が、

登場してきます。

ですから、もし古代ギリシャ人がこの映画の凛ちゃんを見ても、

結構普通に受け入れて、真面目にその話を聞いたんじゃないのかな、

と思ってしまいます。

「嘘つき巫女」の系譜

このように、他の人の目には見えないものを見る人たちは、

ある意味、危うい立場でもあります。

例え真実を語っていても、証拠を出すことができませんので、

「嘘をついているんじゃないか」

という非難を浴びやすいのですね。

ギリシャ神話中、最大級の予言者であるテイレシアースでさえ、

オイディプース王には嘘つき呼ばわりされて侮辱されてしまいます。

そして、悲劇的な最後を迎えたのは、

アポロン神の巫女・カッサンドラーでした。

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イーヴリン・ド・モーガン「カッサンドラー」1898年

彼女は、トロイア王の娘、つまり王女でした。

その美しさゆえにアポロン神に愛され、

予言の力をやるから自分のものになるよう迫られましたが、

カッサンドラーは予言の力を得ると、アポローン神に身を任せることを拒絶。

そのため、これを怒ったアポローンは、

カッサンドラーの予言を誰も信じないようにしてしまったということです。

その結果、

トロイアの陥落を正確に予言した彼女の言葉を、

誰も信じてはくれず、嘘つき呼ばわりされることとなりました。

しかし、結局は、カッサンドラーは正しかったのです。

トロイア城は陥落し、カッサンドラーはアガメムノーン王の奴隷となって、

ギリシャのアルゴスへと連れて行かれます。

カッサンドラーはアガメムノーン王の館の前に立つと、

この館で以前に起きたことも全て言い当て、

そしてこれから、妻クリュタイメーストラーが、夫を殺すこと、

その道連れに、自分も殺すことを予言します。

それを見ていたアルゴスの長老たちは驚くのですが、

カッサンドラーの予言はその後、全て現実となるのです。

(詳しくは、アイスキュロスの『アガメムノーン』をご参照ください。)

話を映画の方に戻すと、

この映画の主人公・凛ちゃんも、

正確に過去に起きたことを知り、

戦争で生き別れた家族についても、正確に見抜いているのですが、

何と言っても証拠が出せないものでもあり、

周りの人間は戸惑います。

そして、一番正直に感情を表す小学生からは、

「嘘つき女」

として非難されて、いじめに近い状態に追い込まれてしまいます。

このように、カッサンドラーも凛ちゃんも、

目には見えないものを見えてしまうが故に、

「嘘つき巫女」

というレッテルを貼られてしまうのは、

今も昔も、このように見えないものが見える人たちの悲しみなのかもしれません。

「目が見えていても何も見えていない」

このように、

古代ギリシャのカッサンドラーと、

映画に出てくる凛ちゃんには共通点があるのですが、

こういう人たちが暮らすには、

現代の日本社会の方が、より肩身がせまいかもしれませんね。

全ては科学優先ですからね。

しかし、本当に、

別世界とこの世は、完全に分断されている、

あるいは

目に見えない世界などない、

巫女は嘘つきだ、

と断定してしまっていいのかどうか、は考えてみる価値があるように思います。

映画の中では凛ちゃんの予言により、

現世では寄る辺のない孤独感を抱えていた人たちが集まり、

心の安らぐ時間を共有しているのです。

そして、

ギリシャ神話の予言者テイレシアースは、

ソポクレースの傑作『オイディプース王』の中の有名なセリフで

「あなたは目が見えていても何も見えていない」

と言っています。

往々にして「見えるものが全て」と信じる人間に、

そうではない、と警告を与えているのです。

この言葉は、現代の私たちへの警告のようにも思えないでしょうか。

現代の私たちの、「目に見える」富と効率化の追求は、

今現在の福島の原発事故に象徴されるように、

その高慢の鼻をへし折られたように思うのです。

見えるものだけのために生きてしまうと、見えないものを失ってしまう。

カッサンドラーと凛ちゃんの言っていた、

見えない世界が本当にあるのかは分かりません。

でも、

私たちは目に見えない世界とつながっている

周りにいる人たちとも、目に見えない絆でつながっている

(それは前世に一緒に生きた記憶なのかもしれないけれど・・・)

という思いは、

人を謙虚にもするし、

また周りの人々と丁寧につながろうとする気持ちにもつながるかもしれない、

とそんな風に思いました。

映画「トテチータ・チキチータ」見てね!

とまあ、ついつい長く書いてしまいましたが、

この映画は見る人の視線によってもまた変わってくると思いますので、

興味がわいたら、ぜひ、映画を見てくださいね〜!!

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