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[ギリシャ難民問題]苦しいギリシャ人が、さらに苦しい難民を助ける・・・

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あんまり日本でこういうニュースは報道されないので、

ご紹介したいと思います。

絶望的な経済危機の中、懐の苦しいギリシャの一般市民たちが、

さらに苦しいシリア難民たちを助けている、というニュース。

そんな優しさを見せるギリシャ人のこと、

もっとたくさんの人たちに知って欲しいですね!

ほとんど持っていないギリシャ人が・・・

今回ご紹介したいのは、この記事

Greeks Who Have Very Little, Give to Refugees Who Have Nothing

「ほとんど持っていないギリシャ人が、何も持ってない難民たちに与える」

ギリシャは現在、よく知られているように、

年金も削られ、ATMも引き出し制限があり、失業率はうなぎのぼり、

という経済危機の真っ只中です。

そこへ、未曾有の規模の難民の流入です。

厳しい緊縮策を課してきたEUは、今度はギリシャの受け入れ態勢が悪いと批判し、

ろくな支援もなく、果ては国境を勝手に閉鎖する国々も出る始末。

そんな中、地道に難民たちの支援活動をしているのは、

ギリシャの、自分も経済の苦しい一般市民なんです。

この記事で紹介されているこの写真

Greeks-and-refugees-

ここに写っているのは、レスボス島のエミリア・カンヴィシさんが、難民に支援物資を渡しているところです。

しかし、このエミリアさんはたった一人の特別な人ではなくて、何千ものこうしたギリシャ市民の一人なんだそうです。

難民だった先祖たち・・・

なぜ、ギリシャの人々は、そうまでして難民たちに手を差し伸べているのでしょう?

それは・・・

多くのギリシャ人が、両親や祖父母が、難民だった

という背景を持つからです。

1922年、トルコとギリシャは、

トルコ国内に古代から住むギリシャ人を、

ギリシャ国内のイスラム教徒と交換する、

という住民交換を実施しました。

この地図の着色されているエリアが、

1910年当時ギリシャ人が住んでいた地域です

Asia_Minor_dialects

(黄色・オレンジ(ポントス系)・緑(カッパドキア系)に分かれる)

これにより、古代より小アジア沿岸地域に住んでいたギリシャ人は、

全てを失い、難民となってギリシャ国内へ追放されたのです。

そういった難民たちは何も持たずにギリシャ本土にたどり着き、村ごと、町ごとの単位で難民村を築き、一から出直さなければなりませんでした。

今でも、アテネ郊外には、「ネア・スミルナ」という町がありますが、

これは、古来からギリシャ人が住んできたエーゲ海側の都市、

「スミルナ」から追い出されてきた住民たちが住み着いた町で、

「ネア」は new という意味ですから、ここで「新しいスミルナ」を築いた、ということなのです。

かくして、ギリシャ人の町「スミルナ」は消滅し、トルコ側は現在この町を「イズミール」と呼んでいます。

このようにギリシャに渡った人たちの数は、なんと

150万人!

未曾有の規模の大量の難民が、住む家を追われ、

何も持たずにギリシャに渡ってきていたのです。

この時、ギリシャ国内からトルコに渡ったイスラム教徒は50万人と言われていますので、

実質的にはトルコからのギリシャ人追い出し政策です。

なぜこうなったかというと、トルコでは、ケマル・アタテュルクのトルコ共和国建国があります。

国民をイスラム教徒で統一する狙いから、国内のギリシャ人を一掃したかったわけです。

それ以前にも、トルコ国内ではギリシャ人の虐殺などがあり、

それを逃れて多くのギリシャ人が先祖からの土地を離れて、

難民としてギリシャ本土に渡っていたそうです。

つまり、非常に多くのギリシャ人が、

トルコから住みかを追われて難民として本土に渡っていて、

現在も両親が、あるいは祖父母が難民だった、という人が多くいる

という背景があるのです。

だからなおさら、難民をほっておけないのですね・・・

ギリシャ人の「ディアスポラ(離散)」

トルコから独立後も、戦乱が続き、

1922年には大量の難民発生。

苦労続きのギリシャ人は、新天地を求めて大量に海外に移民しています。

ギリシャ人たちの多くが、そのように海外に出て行った親類をもっているということです。

これを、記事の中では、

ギリシャ人の「ディアスポラ(離散)」と呼んでいます。

(*通常はユダヤ人に使われる言葉ですがね)

映画監督のエリア・カザン

800px-Elia_Kazan_NYWTS

も、そういうギリシャ人の一人でしたし、

今活躍しているギリシャ系アメリカ人の多くも、そんな人たちの子孫です。

これも、ギリシャ人が難民たちに優しい理由の一つではないか、と言う事です。

以下のビデオでは、

90歳(!)のおばあちゃんが、難民たちにケーキを焼いて差し入れてあげている、

と紹介していますが、そのおばあちゃんも難民・移民の苦労を知る一人かもしれません・・・

さらなる支援が必要!

現在、大量にギリシャに流れ着く難民たちは、

そんなギリシャ人の一般市民の奮闘もあって受け入れられていますが、

多くのEU諸国が国境を閉ざした現在、

状況はさらに厳しくなることが予想されます。

今後は、もっと国際社会が難民たちに手を差し伸べて欲しいですね。

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